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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)156号 判決 1988年10月06日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

虎頭昭夫

被告

東京都知事鈴木俊一

右指定代理人

百瀬保夫

金岡昭

江原勲

被告

東京都人事委員会

右代表者委員長

舩橋俊通

右訴訟代理人弁護士

浜田脩

右指定代理人

渡邉司

阿部修

山竹英夫

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告東京都知事が、原告に対し昭和四九年七月二〇日付けでした休職処分を取り消す。

2  被告東京都人事委員会が、原告に対し昭和六〇年七月二四日付けでした裁決を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告両名)

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (本件処分の存在)

原告は、東京都職員として勤務していたところ、昭和四六年一二月一四日、別紙(1)「公訴事実」記載の公務執行妨害罪及び傷害罪で東京地方裁判所に起訴され(以下「本件起訴」という。)、被告東京都知事(以下「被告知事」という。)は、昭和四九年七月二〇日、原告に対し、公務の信用失墜のおそれがあるとして、地方公務員法二八条二項二号に基づき、別紙(2)記載の「処分の理由」により起訴休職処分(以下「本件処分」という。)をした。

2  (本件裁決の存在)

原告は、昭和四九年九月一四日、被告東京都人事委員会(以下「被告委員会」という。)に対し、本件処分の取消を求めて不服申立て(以下「本件不服申立て」という。)をしたところ、被告委員会は、昭和六〇年七月二四日、右申立てを棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

3  (本件処分の違法性)

(一) 処分理由の不存在

(1) 原告は、本件起訴にかかる刑事裁判の第一審において、昭和四九年三月二九日、懲役五月、執行猶予二年の有罪判決(以下「本件有罪判決」という。)を受けたが、原告には、次のとおり、公務の信用失墜のおそれはなかったから、本件処分は違法である(なお、右有罪判決に対し原告が控訴したところ、東京高等裁判所は、昭和五〇年七月四日、これを棄却して無罪の判決を言い渡し、これが確定した。)。

① 原告は、本件処分当時、都営住宅用地の境界確認事務を担当する、いわゆる平職員であって、管理監督的な立場にはなく、その職務の実態は、境界石の発掘作業などの現場仕事が圧倒的に多く、現場作業員に近い状態であった。

② 本件事件は、東京都職員労働組合(以下「都職労」という。)の大会が開かれている機会に偶発的に発生したもので、職場内で生じたものではなく、職務とも全く関係がなかったし、その内容は、いわゆる破廉恥罪ではなかった。

③ 原告は、昭和四七年一月一三日保釈されて翌日から出勤し、本件有罪判決までの二年二か月以上の間、従前どおり職務に従事したが、職員の内外において何らの問題も生じなかった。

④ 本件有罪判決があったことは新聞などでは一切報道されず、原告が右判決後も勤務を続けていることについては何らの問題も生ぜず、本件処分までの約四か月間、一般住民等からの問い合わせや苦情も全くなかった。

⑤ 本件処分は、起訴から二年七か月、本件有罪判決から四か月を経た後にされたもので、右期間の経過を考えれば、起訴休職制度の有する予防的、保全的目的は既に失われていたことになるし、右に見たような諸事情を考慮すれば、将来における公務への支障も予測することができず、処分の必要はなかった。

(2) 被告知事は、昭和四七年六月二〇日、原告に対し、一旦は起訴休職処分を行わない旨を決定した。

その結果、原告は、有罪判決の確定によって失職する場合は別として、公務員として勤務を続けうるものと期待することは当然であるから、処分権者といえども、かかる原告の立場を一方的に覆すことは許されないところである。しかるに、本件処分は、被告知事が一旦行った決定を無視してされたもので、右のような原告の立場を覆すものであるから、違法である。

(3) 起訴休職処分は、公務員が起訴されたことのみを理由としてされるもので、その理由に有罪判決の言渡しを受けたことをあげるのは許されないところ、本件処分は、原告が有罪判決の言渡しを受けたことを最大の理由とするものであるから、制度の趣旨に反し違法である。

(二) 処分手続の瑕疵

(1) 被告知事は、本件処分に際して、原告に弁明の機会を与えていないし、職場の状況等も調査していない。起訴休職処分において本人の弁明を聞くことは、法律上は要件とされていないが、裁量の逸脱を防止して適正な判断をするためにも、また、休職処分が本人にとって身分上、経済上極めて重大な影響を与えるものであることからも、可能な限り本人の弁明を聞くべきである。しかも、本件ではそれが容易であったのに、これをしなかったから、本件処分には重大な瑕疵があって違法である。

(2) 被告知事は、本件処分を行うに当たっては、東京都職員懲戒分限審査委員会(以下「審査委員会」という。)に対して諮問し、その審査答申を得た上で行うべきであるのにこれをしなかったから、本件処分は違法である。仮に、諮問をするかどうかは被告知事の裁量に属するとしても、本件では、一旦は休職処分を行わないことが決定され、原告も何らの問題もなく勤務を続けていたのであるから、刑事裁判の第一審で有罪判決がされたとしても、被告知事としては審査委員会に諮問をすべきであり、これをしないでした本件処分は、裁量権を逸脱しており、違法である。

4  (本件裁決の違法性)

(一) 被告委員会は、本件不服申立てについて公開の口頭審理を行い、一旦これを結審した後、被告知事の申立てに応じて審理を再開したが、この再開は、納得することができない旨の原告の反対を押し切って行ったものであり、しかも、再開後に被告知事がした主張、立証は、全て結審以前に提出することのできたものであって、かかる被告知事の態度は、相手方である原告の立場を極めて不安定にするとともに審理経済にも反するものであるから、被告知事の申立てを認めて審理を再開した被告委員会の措置には、裁量権を逸脱した違法がある。

(二) 被告委員会は、再開後の審理において、被告知事申請の星野勢を証人として採用し尋問したが、同人は本件処分に関与した者であって、当事者に準じ、証人適格を有しないから、同人を証人に採用したことは違法である。

(三) 被告知事が、被告委員会の審理において、起訴休職処分については原則として審査委員会に諮問しない旨の知事決定があり、その後も変更されていないと主張したことに関し、原告が、これと矛盾する事例のあることを指摘し右決定の存在に疑問を提起したにも拘らず、被告委員会がこれを審理しないまま結審したことは審理不尽の違法があり、また、原告の右指摘について判断をしていないことは、理由不備の違法がある。よって、原告は、本件処分及び裁決の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  (被告両名)

請求原因1(本件処分の存在)、2(本件裁決の存在)の各事実は認める。

2  (被告知事)

(一) 同3(一)(1)の冒頭部分のうち、原告が刑事事件の第一審で有罪判決を受け、第二審で無罪判決を受けてそれが確定したことは認めるが、その余の事実は否認する。同①のうち、原告が本件処分当時に担当していた事務及び原告がいわゆる平職員で管理監督的な立場になかったことは認めるが、その余の事実は否認する。同②は認める。

同③のうち、原告が主張の日に保釈されて本件有罪判決まで従前どおり職務に従事していたことは認めるが、その余は争う。同④のうち、本件有罪判決が新聞などで報道されず、原告がその後も勤務を続けていることについて一般住民から問い合わせがなかったことは認めるが、その余は争う。同⑤のうち、期間の経過に関する部分は認めるが、その余は争う。

同(2)のうち、被告知事が一旦は起訴休職処分にしない旨の決定をしたことは認めるが、その余は争う。

同(3)のうち、本件処分が有罪判決を受けたことを理由とすることは否認し、その余は争う。

(二) 同3(二)(1)のうち、被告知事が原告の弁明を聞いていないことは認めるが、弁明の機会を与えなかったことは否認し、その余は争う。同(2)のうち、被告知事が、本件処分に際して審査委員会に諮問しなかったことは認めるが、その余は争う。

3  (被告委員会)

(一) 同4(一)のうち、被告委員会が一旦結審した審理を再開したこと、原告が再開後の審理で反対の意見を述べたことは認めるが、その余は争う。

(二) 同4(二)のうち、被告委員会が被告知事申請の星野を証人として採用し尋問したことは認めるが、その余は争う。

(三) 同4(三)のうち、被告知事の主張に関して原告がその主張するような指摘をしたことは認めるが、その余は争う。

三  被告知事の主張

1  本件処分は、原告がその担当する職務に従事することは、公務の信用失墜のおそれがあることを理由としてされたものであるから、本件処分は適法である。すなわち、

① 本件処分当時、原告は、東京都住宅局管理部管財課第三係に主事として勤務し、都営住宅用地の境界の確認、立会及び保全に関する事務に従事していたが、右事務は、判断や対外折衝を要する重要な職務であった。

② 原告は、昭和四六年一二月三日、都職労大会の会場付近で、公務執行妨害罪等の容疑で逮捕、勾留され、同月一四日、別紙(1)記載の「公訴事実」に基づいて起訴された。右事実は、一般的には公務の信用失墜のおそれを生ずるものであるが、被告知事は、原告に対する休職処分の要否を検討した結果、それが都職労大会の場で偶発的に発生したものであることなどから、原告が引き続いて公務に従事しても、公務の信用失墜、職場秩序のびん乱のおそれは少ないと判断し、休職処分には付さなかった。ところが、原告は、その後、第一審で別紙(3)記載の「罪となる事実」に基づいて有罪とされ、懲役五月、執行猶予二年の判決を受けたが、それが確定した場合には地方公務員法により当然失職するという重い内容のものであった。

③ そこで、被告知事は、原告の職場での地位、職務内容、本件公訴事実、刑事一審判決の罪となる事実、罪名、罰条等を考慮し、原告に対する休職処分の要否を検討したところ、原告が有罪判決を受けた状態で職務に従事することは、起訴当時の状況とは異なり、将来において公務の信用を失墜させるおそれが大きいと判断し、本件処分を決定した。

2  被告知事は、前記のとおり、一旦は休職処分をしないこととしたが、これは、内部で決めたものに過ぎず、行政処分をしたものではなく、休職処分の行われない状態が本件処分まで続いていたものであるから、一事不再理の法理の適用はない。また、被告知事は、本件有罪判決の言渡しがあったことのみを理由にして本件休職処分をしたものではなく、右有罪判決を含め、諸般の事情を考慮したものであることは、前述したとおりである。

3  起訴休職処分については、処分の前に本人に弁明の機会を与え、事情を聞くことは、法令上要件とはされていない。また、本件では、起訴後間もなくの昭和四七年一月二六日及び同月三一日、東京都総務局監察員による事情聴取を行おうとしたが、一〇数人の集団で監察室に来た原告が、集団による事情聴取を要求したため、これを行うことができなかったものであり、原告は弁明の機会を自ら放棄したものである。

4  被告知事は、昭和四七年四月二一日、起訴休職処分を行うに際しては原則として審査委員会に諮問しない旨を決定し、昭和五一年六月における丙原三郎の件以降、一部を除いて同委員会に諮問する取扱いとするまでは、本件を含む全ての休職処分を同委員会に諮問することなく行っていたもので、諮問するか否かは知事の裁量であるから、本件処分の手続に違法はない。

四  被告委員会の主張

1  被告委員会における口頭審理を再開するか否かは、審査員の裁量に属するもので、本件では、被告知事の申立てにかかる新たな証拠、証人の取調べの必要があるとして再開したのであるから、審理再開に違法はない。

2  星野証人は、本件処分当時東京都総務局人事部職員課の主査であり、被告知事の補助職員に過ぎず、処分内容を決定する権限を有していなかったから、当事者に準ずる者に当たらず、同人を証人に採用したことに、違法はない。

3  原告が審査委員会への諮問に関する手続の瑕疵として主張するところは、本件処分を行うに際しては審査委員会に諮問をすべきであったにもかかわらず諮問をしなかったということに尽きるところ、被告委員会は、この点につき審理し、かつ、裁決の中で判断を示しているから、本件裁決に審理不尽、理由不備の違法はない。

五  被告知事の主張に対する認否と原告の反論

1  被告知事の主張1については、①のうち、判断や対外折衝を要する重要な職務であることは否認し、その余の事実は認める。②の事実は認める。その余は争う。

2  同2は争う。

3  同3のうち、起訴休職処分については処分の前に本人に弁明の機会を与え事情を聞くことは法令上要件とされていないこと、昭和四七年一月二六日及び同月三一日、監察室から原告に対し呼出しがあったこと、原告が一〇数人の者とともに監察室に行ったことは認めるが、原告が弁明の機会を自ら放棄したことは否認する。

4  同4のうち、被告知事が、昭和五一年六月の丙原三郎の件については審査委員会に諮問したこと、本件については同委員会に諮問しなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告知事が昭和四七年に審査委員会に諮問しない旨を決定したことと、昭和五一年六月以降同委員会に諮問することとした取扱いとは、矛盾する。また、仮に昭和四七年の知事決定があったとしても、本件は、一旦起訴休職処分にしない旨の決定をしながら、一審で有罪判決を受けたことを契機として処分を検討するという前例のない事案であるから、審査委員会に諮問して慎重に検討すべきであった。

六  被告委員会の主張に対する認否

1  被告委員会の主張1は争う。

2  同2のうち、星野が本件処分当時東京都総務局人事部職員課の主査であったことは認めるが、その余は争う。

3  同3は争う。

第三  証拠<省略>

理由

第一本件処分の適法性について

一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、本件処分の適法性について判断する。

1  地方公務員法二八条二項二号は、職員が刑事事件に関し起訴された場合には、その意に反してこれを休職することができる旨の起訴休職制度を定めている。その趣旨は、職員が刑事事件に関して起訴された場合に、主として公務に対する住民の信頼を確保し、かつ、職場秩序を保持する目的から、当該職員をして、右事件の訴訟係属が終了するまで、職員としての身分を保有させながら職務に従事させないこととする制度である。そして、具体的な場合に休職処分を行うかどうかは、任命権者の裁量に委ねられているのであって、任命権者が右裁量の行使としてした休職処分は、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと認められない限り、適法であると解するのが相当である(最高裁昭和五九年(オ)第八八九号、第八九〇号、同六三年六月一六日各判決参照)。

2  本件処分当時、原告は、東京都住宅局管理部管財課第三係に主事として勤務し、都営住宅用地の境界の確認、立会及び保全に関する事務を担当する、いわゆる平職員であって、管理監督的な立場になかったことは、当事者間に争いがない。しかし、<証拠>によれば、右事務を行うに際しては、国、都の財務局或いは区の係官更には一般住民との接触、交渉を避けることはできず、また、境界を明らかにするためには、内部の資料だけでなく相手方や登記所保管の資料等を照合してその位置を判断し、これを現地で確認するために距離の測定や発掘等を行い、場合によっては都営住宅用地の面積、範囲について都の立場を主張する必要のあったことが認められる。

右事実によれば、原告の職務は、都営住宅用地の保全に関する重要な事務であり、現場仕事が多かったものの、対人的な接触、交渉を避けることはできず、また、境界確認のための専門的な判断も必要であって、その結果は一般住民の権利義務にも密接に関係する性質を有していたものということができる。

3  原告は、昭和四六年一二月三日、都職労大会が開かれていた会場付近で公務執行妨害罪等の容疑で逮捕、勾留され、同月一四日、別紙(1)記載の「公訴事実」に基づいて起訴されたこと、被告知事は、起訴後、原告に対する休職処分の要否を検討した結果、右犯罪が都職労大会の場で偶発的に発生したものであることなどから、原告が引き続いて公務に従事しても公務の信用失墜、職場秩序のびん乱のおそれは少ないと判断し、休職処分には付さなかったこと、そのため、原告は、保釈された翌日の昭和四七年一月一四日から出勤し、従前どおり職務に従事していたこと、ところが、原告は、昭和四九年三月二九日、本件起訴にかかる刑事裁判の第一審で、別紙(3)記載の「罪となる事実」に基づいて有罪とされ、懲役五月、執行猶予二年の判決を受けたこと、右判決は、それが確定した場合には、原告は地方公務員法により当然に失職するという重い内容のものであったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によれば、被告知事は、右有罪判決があったことから、裁判所から判決書の送付を受け改めて休職処分の要否を検討したところ、原告の職場での地位、職務内容、公訴事実、判決書記載の罪となる事実、罪名、罰条等を総合的に考慮すると、原告が有罪判決を受けた状態で職務に従事することは、起訴当時とは異なり、将来において、公務の信用を失墜させるおそれが大きいとの判断に達し、昭和四九年七月二〇日、原告を休職にする旨の本件処分をしたことが認められる。

4  右の事実に基づき、本件処分が被告知事に与えられた裁量の範囲内のものであるかどうかを検討する。

まず、別紙(1)記載の「公訴事実」に摘示された原告の行為は、多数の者と共謀の上、職務中の警察官の顔面を手拳で殴打し、足蹴りするなどの暴行を加えて職務の執行を妨害するとともに、右暴行により約一週間の安静加療を要する傷害を与えたというものである。したがって、それが事実とすれば、一般社会人としての節度を著しく逸脱し、職員としての本分に反する違法、不当な行為であり、一般住民の強い非難を受ける性質のものであることが明らかである。しかも、「公訴事実」のうち公務執行妨害罪は、法定刑が三年以下の懲役又は禁固であるから、仮に右事実について有罪判決が言い渡されて確定すれば、原告は、地方公務員法一六条二号に定める欠格事由に該当して当然失職する筋合いのものである(同法二八条四項)。また、原告が当時担当していた職務は、都営住宅用地の保全に関する重要なもので、対人的な接触、交渉を避けることができず、境界についての専門的な判断を要する場合もあり、その結果は一般住民の権利義務に密接に関係する性質のものであったことは、前述のとおりである。これらを総合すると、原告が右のような公訴事実に基づいて起訴されたということは、それだけで原告に職員としての信用失墜行為があったのではないかという疑惑を一般住民に与えるに十分なものであり、また、客観的に見て、職場規律ないし秩序の維持に何らかの悪影響がありうることも、容易に推認されるところである。

もっとも、原告は、被告知事が一旦は休職処分にしないこととしたことから、従前どおり出勤して職務に従事していたが、昭和四九年三月二四日、刑事裁判の第一審で、懲役五月、執行猶予二年の有罪判決を受けたのであって、このことは、原告の行為が犯罪を構成する違法、有責なものであることが裁判所の公権的判断によって明確に宣言されたことにほかならないから、それが持つ意味や一般住民に与える影響は、検察官による公訴提起のそれと比較して遙かに大きく、かつ、深刻なものがあることは、いうまでもないところである。したがって、たとえ判決は未確定であっても、起訴当時に存した前記の信用失墜のおそれはこれによって一層顕在化したということができるから、原告がその後も引き続いて職務に従事する場合には、将来において、職務遂行に対する一般住民の信頼を揺るがせ、ひいては官職全体に対する信用を失墜させる危険性が増大したものといわざるをえない。また、原告が有罪判決を受けた状態で職務に従事する場合には、上司や同僚が具体的にこれを問題とするかどうかは別として、客観的に見て、職場規律ないし秩序の維持に好ましからざる影響が生ずるであろうことは、極めて見易いところである。

そして、これらの事情を総合的に考慮すると、一旦は休職処分にしないこととした被告知事が、有罪判決の言渡しを契機として改めて検討を加えた結果、原告が公訴提起にかかる事実について有罪判決を受けた状態で職務に従事することは将来において公務の信用を失墜させるおそれが大きいと判断して休職処分にしたことは、相当の合理性、必要性があったものということができる。したがって、たとえ、原告はいわゆる平職員であって管理監督的立場にはないこと、原告の行為が都職労大会の場で偶発的に発生したもので職務とは関係がないこと、被告知事が一旦は休職処分にしない旨を決定したこと、本件処分が起訴から二年七か月、有罪判決から四か月を経た後にされたこと、原告は、保釈になって以来、従前どおり職務に従事し、しかも、そのことに関して一般住民からの問い合わせや苦情等もなかったことなど、原告が主張する全ての事情を斟酌しても、本件処分は、なお休職処分について被告知事に与えられた裁量の範囲内に属しており、適法であると解するのが相当である。

三原告は、本件処分には処分の理由が存在せず、また、処分の手続に瑕疵があるとして、多岐にわたる主張をするので、逐次検討をする。

1  原告は、公務の信用失墜のおそれはなかったとして、①職務の実態が境界石の発掘作業などの現場仕事が圧倒的に多く現場作業員に近いものであったこと、②本件事件は、都職労大会の場で偶発的に発生したもので職務とは関係がなく、いわゆる破廉恥罪ではなかったこと、③原告は、保釈されてから本件処分を受けるまでの二年二か月以上の間、従前どおり職務に従事したが、職場の内外において何らの問題も生じなかったこと、④有罪判決を受けたことは新聞等でも報道されず、一般住民からの問い合わせや苦情等もなかったこと、⑤本件処分は、起訴から二年七か月、有罪判決から四か月を経た後にされたもので、既に起訴休職制度が有する予防的、保全的目的は失われており、将来における公務への支障も予測することができなかったことをあげている。

しかし、原告の職務の内容は前述したとおりであって、対人的な接触、交渉もあり、境界石を発掘する場合でも各種の資料に基づいて具体的な位置の検討をするという専門的な判断も必要なものであったから、発掘作業という肉体労働的な仕事が多いとしても、単なる現場作業員に近いものであったとはいえない。そして、原告が職務を処理することによって都営住宅用地と他の公有地又は民有地との境界が具体的に確定されるという意味で、その職務は、一般住民の権利義務にも密接な関係を有しており、それだけに、原告は一層の信用保持義務を負っていたといわざるをえないから、その職務の性質から公務の信用を失墜させるおそれがなかったとはいえない。また、本件事件の発生状況やそれがいわゆる破廉恥罪でないことは、原告の主張するとおりであるが、地方公務員法二八条二項は、起訴に係る刑事事件の種類、性質を限定していないから、職務に関連したいわゆる破廉恥罪で起訴された場合でなければ休職処分にすることができないものではなく、右主張は採用することができない。

次に、起訴休職の制度は、刑事事件について起訴された職員がそのまま職務に従事することは、職場の秩序維持に悪影響を与え、その職務遂行に対する一般住民の信頼を揺るがせ、ひいては官職全体に対する信用を失墜させる危険があることから、右職員をその身分を保有させた状態で一時的に職務に従事させないこととするものである。したがって、かかる制度の趣旨からすると、休職処分をするには、職場秩序のびん乱、信用失墜の一般的、抽象的なおそれがあれば足りるのであって、職員が起訴されたことに関連して、職場の同僚や上司が一緒に仕事をするのを拒んだとか、一般住民から批判の投書があったとか、更には職務上接触する他の機関の職員等から担当者を交替する要求があったなどの、現実に職場の秩序に影響を与え、又は、信用を失墜させる事態が生ずるまでの必要はないというべきである。したがって、たとえ、原告は、保釈されてから本件処分を受けるまでの間、従前どおり職務に従事し、その間に職場の内外において問題が生じたことはなく、また、有罪判決を受けたことは新聞等でも報道されず、一般住民からの問い合わせや苦情等もなかったとしても、原告が「公訴事実」記載の事実で起訴されたというだけで、信用失墜の一般的、抽象的なおそれはあり、しかも、それが第一審の有罪判決によって一層顕在化したものと見るべきことは、前述したとおりであるから、原告の右主張は、本件処分の効力を左右するものではない。

更に、本件処分が起訴から二年七か月、有罪判決から四か月を経過した後にされたことは、原告の主張するとおりである。しかし、起訴から本件処分までの間に有罪判決が言い渡されたことによって、起訴によって生じた信用失墜のおそれが一層顕在化したと見るべきことは、前述したとおりであるから、起訴休職制度の有する予防的、保全的目的が既に失われていたとか、処分の必要性がなくなっていたとはいえないし、また<証拠>によれば、本件処分が有罪判決から四か月を経過した後にされたのは、裁判所から判決書の送付を受けるのに時間を要したのと、起訴直後の時点では休職処分をしないことが決定されていたこととの関係で慎重な検討を重ねたためであることが認められるから、右程度の期間が経過したからといって、特に休職処分の効力に影響があるとはいえない。

2  原告は、被告知事が一旦は休職処分をしないこととしたことに関して、右決定の結果、原告は、有罪判決の確定によって失職する場合は別として、職員として勤務を続けうるものと期待することは当然であって、処分権者といえども、かかる原告の立場を一方的に覆すことは許されないところ、本件処分は、一旦行った決定を無視してされたもので、右のような原告の立場を覆すもので違法であると主張する。

しかし、前述したところによれば、被告知事が一旦は休職処分をしない旨を決定したといっても、それは、処分権者である被告知事が地方公務員法によって与えられた権限を発動しないこととした内部的なものに止まり、原告を名宛人として何らかの受益的な行政処分を行ったものではないことが明らかであるし、原告本人尋問の結果によれば、原告が休職処分をしない旨の決定があったことを知ったのも組合交渉においてであることが認められるから、これによって原告に法律上保護すべき利益が生ずるものとは考えられない。また、右決定は、起訴にかかる原告の行為が都職労大会の場で偶発的に発生したものであることなどから、原告が引き続いて公務に従事しても、公務の信用失墜、職場秩序のびん乱のおそれは少ないことを理由としてされたものであって、要するに、起訴直後の時点では、休職処分にするまでのことはないと判断したに止まり、これについて一事不再理の原則が適用される余地はないから、その後に、起訴された事実に関して公務の信用失墜、職場秩序のびん乱のおそれを生ぜしめる新たな事情が発生したときは、右事情をも含めて休職処分をすることも、裁量権の行使として許容されるというべきである。仮に、一旦休職処分にしないこととした以上は、その後いかなる事情が発生しても有罪判決の確定まで待つほかはないとすると、公務の信用失墜のおそれを防止するためには、起訴されたというだけで機械的に休職処分をする以外にないこととなり、かえって、処分権者の裁量を認めて弾力的な運用を図ろうとする制度の趣旨を没却し、また、職員にとっても不利益な結果となって、妥当ではないと解される。したがって、原告の主張は、採用することができない。

3  原告は、休職処分は、職員が起訴されたことのみを理由としてされるもので、その理由に有罪判決を受けたことをあげるのは許されないところ、本件処分は、原告が有罪判決の言渡しを受けたことを最大の理由とするものであるから、制度の趣旨に反し違法であると主張する。

しかし、本件処分が原告が有罪判決を受けたことを契機としてされたものであることは、前述したところによって明らかであるが、もともと、休職処分は、職員が起訴されたというだけで機械的に行われるものではなく、右職員の地位、担当職務の内容、公訴事実の態様、罪名、罰条等の諸般の事情を斟酌して行われるべきものであって、その間に有罪判決が言い渡されていれば、これを右事情の中に含めて斟酌することは何ら差し支えないし、本件処分は、起訴によって抽象的、一般的に生じた公務の信用失墜のおそれが有罪判決によって一層顕在化したものとしてされたものであることは、前述したとおりであるから、原告の主張は採用することができない。

4  原告は、被告知事が本件処分に際して原告に弁明の機会を与えず、また、職場の状況等も調査していないことは、処分手続の重大な瑕疵に当たると主張する。

被告知事が本件処分に際して原告に弁明の機会を与えていないことは、当事者間に争いがない。しかし、休職処分をする場合、対象となる職員に対して弁明の機会を与え、その事情を聴取することは、法令上必要要件とはされていないし、休職処分をするにあたって重要なのは、職員の地位、担当職務の内容、公訴事実の態様、罪名、罰条等の諸般の事情に照らして公務の信用失墜ないし職場秩序びん乱のおそれがあるか否かを客観的に判断することであるから、必らずしも、職員に対して弁明の機会を与え、その事情を聞かなければならないものではないと解される。また、右に述べたところからすれば、職場の状況等の調査も同様であって、これをしなければ、公務の信用失墜等のおそれがあるかどうかを判断することが不可能というものではない。なお、弁論の全趣旨によれば、原告は、起訴後間もない昭和四七年一月二六日と同月三一日の二度にわたり、東京都総務局監察員による呼出しを受けたが、一〇数名の集団で監察室に来た原告が集団による事情聴取を要求したため、結局、事情聴取が行われなかった事実のあったことが認められる。したがって、原告が主張する事実は、処分手続の瑕疵には当たらない。

5  原告は、被告知事は、本件処分を行うに当たっては審査委員会に諮問し、その審査答申を得た上で行うべきであるのにこれをしなかったから、本件処分は違法であると主張する。

<証拠>によれば、右審査委員会は、東京都職員懲戒分限審査委員会規程(昭和三〇年八月三〇日総務文発第一〇五号)によって設置されているもので、職員に対する懲戒及び分限に関する処分の適正を期するため、知事の諮問に応じて審査答申することを任務としているものであるが、いかなる案件を諮問するかは知事の裁量に委ねられており、起訴休職処分については、昭和四七年四月に原則として諮問しない旨の知事決定があったことから、本件についても、この決定に基づき諮問しなかったものであることが認められるから、本件処分が審査委員会に諮問することなくされたからといって違法があるとはいえない。

なお、原告は、審査委員会に諮問するかどうかは被告知事の裁量に属するとしても、本件では、一旦は休職処分にしないことが決定され、原告も何らの問題もなく勤務を続けていたのであるから、たとえ有罪判決があったとしても、極めて慎重な検討が要求されるべく、したがって、審査委員会に諮問をしないでした本件処分は、裁量権を逸脱していると主張する。本件では、一旦は休職処分をしないことが内部的に決定され、そのため、原告が従前どおり職務に従事していたところ有罪判決が言い渡されたことから再検討が行われ休職処分が行われたものであって、その意味では、起訴直後に休職処分を行う場合とは異なる要素のあることは否定できない。しかし、だからといって、審査委員会に諮問して審査答申を得なければ適正な判断ができないというものではないから、審査委員会に諮問をしないからといって裁量権を逸脱しているとか又はその濫用があるとはいえない。

第二本件裁決の適法性について

一請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、本件裁決に原告主張の違法があるかどうかを検討する。

1  原告は、被告委員会が一旦終結した口頭審理を被告知事の申立に応じて再開したことに関して、それは原告の反対を押し切ってされたものであること、再開後に被告知事がした主張、立証は、全て結審前に提出することのできたものであったこと、被告知事の態度は原告の立場を極めて不安定にするとともに審理経済にも反するものであることなどをあげて、被告委員会の措置には裁量権を逸脱した違法があると主張する。

しかし、<証拠>によれば、被告委員会の「不利益処分の不服申立ての審理に関する規則」には、口頭審理の再開に関する特別の規定はないことが認められるから、一旦終結した口頭審理を再開するかどうかは、口頭審理を終結するかどうかと同様に、これを担当する審査機関の裁量に委ねられていると解するのが相当である。そして、<証拠>によれば、本件の口頭審理は、一旦、昭和五九年五月二三日に結審されたが、同年六月二五日付けで原告から準備書面が提出されたことから、被告知事が右準備書面に反論するとともに主張を補充してこれに関する立証をする必要があるとして再開を申し立て、審査機関がこれを相当と認めて再開を決定したことが認められるから、その措置に裁量権の逸脱はなく、被告委員会の審理手続に原告が主張するような違法はない。

なお、原告は、口頭審理の再開を申し立てた被告知事の態度を非難するが、たとえ、被告知事が結審前の時点で主張、立証はない旨を述べていたとしても、その後の事情によって再開を申し立てることを否定されるべき理由はないから、右非難は当たらない。

2  原告は、被告委員会が再開後の審理において被告知事の申請した証人星野勢を採用して尋問したことに関して、同人は本件処分に関与した者であり当事者に準ずる者であるから、証人適格はないとして、右採用の違法を主張する。

しかし、被告委員会の前記審査規則には、証人適格について特別の定めをした規定はないことが認められるばかりでなく、<証拠>によれば、右星野は、東京都人事部職員課の主査として本件処分に関する事務に携わったが処分内容の決定には関与していないことが認められるから、当事者に準ずる者には当たらず、したがって、同人が証人適格を欠いているとはいえない。

3  原告は、被告委員会の審理において、被告知事が起訴休職処分については原則として審査委員会に諮問しない旨の知事決定がありその後も変更されていないと主張したことに関し、原告が右主張と矛盾する事例のあることを指摘して知事決定の存在に疑問を提起したにも拘らず、被告委員会がこれを審理しないまま結審したことは審理不尽の違法があり、また、右の指摘について判断をしていない本件裁決には理由不備の違法があると主張する。

原告の右主張は、要するに、被告知事が、被告委員会の審理において、起訴休職処分については原則として審査委員会に諮問しない旨の知事決定があったから、本件処分について審査委員会に諮問していないことに違法はないと主張したことの反論としてされたもので、実際に諮問した事例のあることをあげて右知事決定の存在に疑問を提起し、ひいて審査委員会の諮問を経ていない本件処分には違法があることをいうものと解される。そうだとすると、被告委員会としては、起訴休職処分については原則として審査委員会に諮問しない旨の知事決定が実際にあったかどうかを審理して判断すれば十分であるというべく、右審理、判断がされていることは、前掲乙第六、第七号証及び丙第一号証の本件裁決の説示に照らして明らかであるから、原告が主張するような審理不尽、理由不備はない。

もっとも、原告としては、実際に審査委員会に諮問した事例のあることをあげて知事決定の存在に疑問を提起したにも拘らず、本件裁決が右事例との関係に触れた説示をしていないことを問題とする趣旨とも解されないではない。しかし、右事例なるものは、結局、知事決定の存在に対する反証としての意味を有するに過ぎないばかりでなく、<証拠>によれば、右知事決定は昭和四七年にされたもので、昭和五一年六月に原告が指摘する事例以降一部を除いて審査委員会に諮問する取扱いに変更するまでは、本件を含む全ての休職処分を審査委員会に諮問することなく行っていたことが認められるから、本件裁決が右事例との関係に触れた説示をしていないからといって、その結論に違法があることにはならない。

よって、本件裁決には、原告が主張するような違法はない。

第三結論

以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官太田豊 裁判官新堀亮一 裁判官田村真)

別紙(1)

「公訴事実」

被告人は、ほか多数の者と共謀のうえ、昭和四六年一二月三日午前一一時すぎころ、東京都北区王子本町一丁目一五番二二号北区公会堂北門付近路上において、違法行為を採証・検挙するなどの任務に従事していた警視庁王子警察署警察官岡本幸雄(二九才)に対し、同人の顔面を手拳で殴打、足蹴りするなどの暴行を加え、もって、右警察官の職務の執行を妨害し、その際右暴行により約一週間の安静加療を要する顔面挫傷、腰部打撲の傷害を負わせたものである。

別紙(2)

「処分の理由」

右の者(原告)は、住宅局管理部管財課在職中の昭和四六年一二月三日、北区公会堂において開催された都職労臨時大会の入場制限問題に端を発した混乱の際、「被告人は、ほか多数の者と共謀のうえ、昭和四六年一二月三日午前一一時すぎころ、北区王子本町一〜一五〜二二北区公会堂北門付近路上において、違法行為を採証検挙するなどの任務に従事していた警視庁王子警察署警察官岡本幸雄に対し、同人の顔面を手拳で殴打、足蹴りするなどの暴行を加え、もって右警察官の職務の執行を妨害し、その際右暴行により約一週間の安静加療を要する顔面挫傷、腰部打撲の傷害を負わせたものである」旨の公訴事実をもって、昭和四六年一二月一四日、公務執行妨害罪、傷害罪の罪名により、東京地方裁判所に起訴されたものである。同裁判所において審理の結果昭和四九年四月二日、懲役五月執行猶予二年の判決言い渡しがあった。本件は、現在控訴中のものであるが、このような状態で公務に従事するときは、公職の信用を失墜させるおそれがあり適当でないので、右の処分(休職)を行うものである。

別紙(3)

「罪となる事実」

被告人甲野(原告)は、同日午前一一時六分ころ、右公会堂正面玄関前付近で、前記大会傍聴希望者らの違法行為について採証のためその状況を写真撮影していた私服姿の警視庁王子警察署勤務警視庁巡査岡本幸雄(昭和一八年一月一〇日生)を認めるや、同人が執行部系の組合員であって反執行部系組合員に対する嫌がらせのため写真撮影をしているのではないかと疑いつつその実情を究明しようとして右岡本に対し大声で「何者だ。何をしているんだ。」と叫びながら近づいたところ、やにわに同巡査が右公会堂北門方向に駆け出したため、被告人甲野を先頭に付近にいた約五、六名の組合員らが右岡本を追尾して、同北門の外へ約八メートル出た前同町一丁目一四番二号駒崎信次方前付近に到り、同所において、被告人甲野が右岡本の襟首を掴んでひき止め、右約五、六名の者らと共に右岡本をとり囲み、口々に「お前は誰だ。」「何に使うんだ。」などと抗議したので、右岡本は、自己の前に佇立していた被告人甲野らに対し警察手帳を示して身分を名乗るに及んで、被告人甲野は、右岡本が警察官であってその職務として前記写真撮影をしていたことを知ったが、この事情を知らない約七、八名の組合員らが、その場で意思相通じたうえ右岡本の顔面を二、三回殴打するなどの暴行に及んだので、同人を救助するためその場に到着した私服姿の前記王子署勤務警視庁巡査部長菅原清一が「警察官に暴行はやめろ」、前同鈴木勝二が「暴行はやめろ」とそれぞれ両手を拡げて何度も繰り返し制止したのにかかわらず、被告人甲野およびそのころまでにその場に到着していた被告人Aは、右七、八名の者と意思相通じたうえ、右岡本が警察官であり、その職務として写真撮影をしていたところを被告人甲野らによってこれをやめざるを得なくなったことを了知するに至ったが、さらに前の暴行にひき続いて、被告人Aにおいて、右岡本の右襟を掴み、右手で同人の顔面を数回殴打したり、下腿部に足蹴りし、被告人甲野において、右岡本が必死になって他の組合員らに奪われた所携の写真機を取り戻そうとするその前に立ち塞り、同人の肩を両手で押えるなどの暴行を加え、もって、右岡本の職務の執行を妨害し、その際右暴行により、同人に対し安静加療に約一週間を要する顔面挫傷、腰部打撲の傷害を負わせたものである。

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